定年まであとわずか。役所から配られた「進路希望調査票」を前に、ペンを持つ手が止まっていませんか?「再任用」を選べば、とりあえず給与は貰える。しかし、その選択があなたのプライドを粉々に砕く「地獄の入り口」だとしたらどうでしょう?
かつて手塩にかけて育てた部下が、ある日突然、自分の上司になる。敬語を使われながらも、評価の対象として値踏みされる屈辱。現役時代の3割程度まで激減する給与。そして、誰でもできる単純作業の繰り返し。「自分はまだやれるはずなのに」という思いと、組織のお荷物扱いされる現実とのギャップに、多くの先輩たちが心を病んでいます。
この記事では、元公務員として独立した私が、再任用の現場で起きている残酷な現実と、そのストレスの正体を5つの視点で解剖します。きれいごとは言いません。しかし、絶望だけを語るつもりもありません。この「地獄」を予見できる今だからこそ、組織に頼らず、あなたの経験とスキルを武器に尊厳を守る「第三の選択肢」についても触れていきます。ハンコと決裁の呪縛から解き放たれ、自分らしく生きるためのヒントを持ち帰ってください。
再任用制度が孕む「構造的な地獄」とは
まず、個人の感情論の前に、制度そのものが抱える欠陥について触れておきましょう。
公務員の再任用制度(現在は定年引上げによる役職定年制度も並行していますが、本質的な「立場の逆転」は同じです)は、組織の新陳代謝と高齢者の雇用確保という、相反する目的を無理やり繋ぎ合わせたシステムです。
現役世代からは「枠を埋めるお荷物」と見られ、再任用世代からは「かつての貢献を軽視された扱い」と感じる。 この認識のズレが、職場全体の空気を重くしています。
特に、今まで「指示する側」だった人間が、システム上強制的に「指示される側」に回る。 これは単なる役割変更ではなく、人間としての尊厳を削り取られるプロセスでもあります。
なぜこれほどまでにストレスが溜まるのか、現役時代と再任用後のギャップを整理した上で、具体的な5つの理由を深掘りしていきましょう。
| 項目 | 現役時代 (管理職) | 再任用後 |
|---|---|---|
| 立場 | 指示する側 | 指示される側 |
| 呼称 | 〇〇課長、部長 | 〇〇さん |
| 業務内容 | 意思決定、政策立案 | コピー、入力、雑務 |
| 給与 | ピーク時支給 | 現役の3〜4割程度 |
現役時代と再任用後の残酷なギャップ
理由1:元部下からの「さん付け」に潜む残酷な距離感
最も精神を蝕むのが、人間関係の逆転現象です。 4月1日を境に、昨日まで「課長」「部長」と呼ばれていたあなたが、急に「鈴木さん」と呼ばれるようになります。
かつての部下が「評価者」になる屈辱
想像してみてください。 あなたが手塩にかけて育て、時には厳しく指導したかつての部下が、あなたの「管理職」として着任するのです。
彼らは気を使って敬語で話しかけてくるでしょう。 「鈴木さん、この書類、確認しておいてもらえますか?」 一見、丁寧です。しかし、その目は明らかに「上司が部下に指示する目」です。
さらに残酷なのは、人事評価です。 あなたが育てた元部下が、あなたの勤務態度を査定し、ボーナスの掛け率を決める。
「もう少し協調性を持って業務に取り組んでください」 そんなフィードバックを、かつての教え子から受ける屈辱に、あなたのプライドは耐えられるでしょうか。
腫れ物に触るような「過剰な配慮」
逆のパターンもあります。元部下たちが気を使いすぎて、あなたに仕事を頼めない状況です。
- 「鈴木さんには頼みづらいね」
- 「あの案件は、若い〇〇に任せよう」
職場で聞こえてくるそんなひそひそ話。 配慮されているようでいて、実際には「戦力外通告」を受けているのと同じです。
組織の中にいるのに、透明人間になったような孤独感。 これが、再任用の現場で多くの人が味わう「疎外感」の正体です。
理由2:給与明細を見て膝から崩れ落ちる「3割支給」の現実
「給料が下がるのは知っているが、仕事が楽になるならいいだろう」 そう思っているなら、認識が甘いと言わざるを得ません。
責任と報酬のバランス崩壊
再任用(あるいは役職定年後)の給与は、現役時代のピーク時に比べて大幅にダウンします。 一般的には3割〜4割程度、場合によってはそれ以下になることも珍しくありません。
年収850万円だった人が、いきなり300万円台に転落する。 これは、住宅ローンの残りや老後資金の計画を狂わせるのに十分な破壊力を持っています。
「現役時代と同じクオリティ」を求められる理不尽
給料が3分の1になったからといって、仕事の質を3分の1に落とすことは許されません。 公務員の職場では、ベテランに対する「期待値」という名の甘えが存在します。
「鈴木さんは昔、財政課にいたから詳しいですよね?」 「この案件、経験豊富な鈴木さんが見ておいてください」
現場の若手は、容赦なくあなたに「プロの仕事」を求めてきます。 しかし、報酬は新入職員並み。 「安く買い叩かれている」という感覚は、日々のモチベーションを確実に削いでいきます。
理由3:プライドを粉砕する「単純作業」のループ
管理職時代、あなたは政策の決定や、議会答弁の作成、複雑な利害調整など、クリエイティブで責任ある仕事をしてきたはずです。 しかし、再任用職員に割り当てられる業務は、得てして「誰でもできる仕事」です。ひどい上司になると「嫌な仕事」を押し付けられることもあります。
コピー取りとデータ入力の日々
朝出勤して、まずやる仕事が大量の資料コピー。 その後は、若手が作ったエクセルの数字入力チェック。 午後は、郵便物の仕分けとファイリング。
かつて数億円規模の予算を動かしていたあなたの手元にあるのは、ホッチキスと朱肉だけです。 「これも組織のためだ」と自分に言い聞かせても、虚しさは隠せません。
特に、自分がかつて決裁していた書類を、ただ「整理するだけ」の係になったとき、自分のキャリアが否定されたような錯覚に陥ります。
「お茶飲み友達」を探すような職場環境
仕事がない時間は、さらに地獄です。
- パソコンの画面を見つめるふりをして、時間を潰す。
- トイレに立つ回数が増える。
- 喫煙所で同じ境遇の再任用職員と傷を舐め合う。
「昔はよかったな」 そんな会話しか出てこない環境に身を置くことで、あなたの思考はどんどん老化していきます。
理由4:意思決定から排除される「蚊帳の外」感
現役時代、あなたは会議の中心にいました。 発言には重みがあり、あなたの判断でプロジェクトが動いていました。 しかし、再任用後は違います。
会議に呼ばれない、メールが来ない
重要な経営会議や課内ミーティング。 再任用職員は「参加不要」とされることが多々あります。 また、業務連絡のメールCCからも外されることがあります。
「あれ、この件、どうなったんだっけ?」と若手に尋ねると、 「ああ、それは先週の会議で決まりましたよ。あれ、鈴木さん聞いてませんでした?」 という悪気のない返答。
情報が入ってこないということは、組織にとって「不要な人間」であるというメッセージです。
「老害」扱いへの恐怖
良かれと思ってアドバイスをすると、裏目に出ます。 「昔はこのやり方でうまくいったんだ」 そう口にした瞬間、若手の目には「アップデートできていない老害」として映ります。
DX化、ペーパーレス化、働き方改革。 新しい価値観で動いている現役世代にとって、あなたの「昭和の成功体験」は、邪魔なノイズでしかないのです。
理由5:65歳まで続く「終わりのない我慢」
最大の絶望は、この状態が「期間限定」ではないことです。 定年延長や年金支給開始年齢の引き上げにより、60歳から65歳までの5年間、この「地獄」に耐え続けなければなりません。
1日は長く、5年は永遠に感じる
やりがいのない仕事、低い給与、気まずい人間関係。 この状態で過ごす1日は、現役時代の1週間よりも長く感じられるでしょう。
カレンダーを眺め、「あと何日行けばいいんだ」と指折り数える日々。 60代という、人生で最も円熟し、自由を謳歌できるはずの貴重な5年間を、ただ「我慢」のためだけに費やす。 これは、あなたの人生という資産をドブに捨てているのと同じではないでしょうか。
退職後の「抜け殻」リスク
5年間の我慢の末、65歳で完全に退職したとき、あなたには何が残るでしょうか。 再任用期間中に新しいスキルが身につくことは稀です。 むしろ、単純作業の繰り返しで現役時代の勘は鈍り、気力も萎えています。
「やっと終わった」という解放感と同時に、「自分にはもう何もない」という虚無感に襲われる。 これが、再任用にしがみついた公務員の悲しい末路です。
再任用を「拒否」するための戦略的準備
ここまで、再任用のネガティブな側面を包み隠さずお話ししました。 「じゃあ、どうすればいいんだ。生活があるじゃないか」 そう思われるのも無理はありません。
しかし、私はあえて言いたいのです。 「地獄」が見えているなら、そこへ行かない準備を今から始めましょう。 公務員には、一般のサラリーマンにはない強力な武器があります。 それは「信用」と「実務能力」です。
「退職金」と「時間」を天秤にかける
まず、お金の計算を冷静にやり直してください。 再任用で得られる手取り額と、そこで失う精神的エネルギー。 もし、住宅ローンが完済に近く、退職金がある程度残るのであれば、無理に再任用を選ぶ必要はないかもしれません。
私がブログやKindle出版で提唱しているのは、この「再任用で稼ぐはずだった月15万〜20万円」を、組織に頼らずに稼ぐ仕組みを作ることです。
公務員の「文書作成スキル」は換金できる
あなたが長年培ってきた「起案力」「説明力」「正確な事務処理能力」。 これは、役所の中では当たり前でも、外の世界では貴重なスキルです。
例えば、Webライティングや電子書籍(Kindle)の執筆。 論理的に文章を構成し、誤字脱字なく、誰にでもわかるように説明する能力は、公務員が最も得意とするところです。
私は、自分の税務知識や実務経験をKindle本にまとめることで、再任用の給与を超える収益を得ることができました。 元部下の顔色を伺いながらコピーを取る毎日と、自分の知識が誰かの役に立ち「先生」と感謝されながら報酬を得る毎日。 どちらが、あなたの60代にふさわしいでしょうか。
まとめ:プライドを守るために「降りる」勇気を
公務員の再任用が「地獄」である理由は、単にお金の問題だけではありません。 長年積み上げてきた「自分」という人間が、組織の都合で否定され、摩耗していく過程だからです。
元部下が上司になるストレス。 これは、あなたの脳が「まだ自分は現役だ」と叫んでいる証拠でもあります。 そのエネルギーを、組織内での不毛な戦いや我慢に使うのではなく、新しいフィールドでの挑戦に使ってみませんか。
再任用を拒否することは、逃げではありません。 自分の人生の主導権を、組織から取り戻すための「攻めの決断」なのです。
定年まであと少し。 調査票のチェックボックスに印を入れる前に、一度ペンを置いて、窓の外を見てください。
組織の壁の向こうには、あなたが思っている以上に広い世界が広がっています。 今のままで終わるか、新しい景色を見に行くか。 決めるのは、人事課ではなく、あなた自身です。


コメント