机のカレンダーをめくるたび、私の胸には静かな、しかし確かな高揚感が込み上げてきます。
現在58歳。公務員としての定年退職まで、残すところあと2年となりました。
周囲の同僚たちは、「再任用はどうする?」「退職金の使い道は?」といった話題で持ちきりですが、私の視線は全く別の場所に向いています。
それは、日本地図です。
私は今、定年後の「日本一周」に向けた詳細な工程表を引くことに、毎晩の時間を費やしています。「気が早すぎるのではないか」と笑われるかもしれません。しかし、これには元公務員としての私の性格、そして「組織に頼らず生きる」という固い決意が込められているのです。再雇用という安易な道を選ばず、自分の力で人生のハンドルを握る。そのための準備期間として、この2年は決して長くありません。
なぜ、私は再雇用の安定を捨ててまで、旅の計画に没頭するのか。そして、その計画が現在の私にどのような変化をもたらしているのか。この記事では、定年を目前に控えた一人の男が、「日本一周」という壮大なプロジェクトを通じて見出した、新しい人生の戦い方と楽しみ方についてお話しします。これは単なる旅行記の予告ではありません。人生の第2ステージを、最高のものにするための戦略書なのです。
定年2年前の今だからこそ、旅の計画が必要な理由
定年まであと2年。この時期は、多くの公務員にとって「守り」に入る時期と言えるでしょう。波風を立てず、無事に満期を迎えることだけを考える。それが長年組織に尽くしてきた処世術の答えかもしれません。
しかし、私はあえてこの時期に、かつてないほどの熱量を持って「攻め」の計画を立てています。それが、日本一周の工程表作りです。なぜ今なのか。その理由は、メンタル面と実務面の両方にあります。
残り2年の「組織人生活」を乗り切るための羅針盤
50代後半の公務員にとって、職場での立場は微妙なものになりがちです。かつての部下が上司になり、重要な決裁ラインからは外れ、組織内での影響力は徐々に薄れていきます。正直に申し上げれば、やりがいを感じにくい業務も増えてきます。「あと2年の辛抱だ」と自分に言い聞かせて過ごす毎日は、想像以上に精神を摩耗させるものです。
そんな時、机の引き出しに忍ばせた「日本一周計画書」は、私にとって最強の精神安定剤となります。理不尽な指示や、不毛な会議に直面しても、心の中でこう呟くのです。「私には、2年後に広大な自由が待っている」と。具体的なルート、立ち寄るべき絶景、味わうべき地方の銘酒。これらを詳細にシミュレーションすることで、現在の閉塞感は「準備期間の静けさ」へと意味を変えます。
この計画は、単なる現実逃避ではありません。ゴールテープの先にある景色を鮮明に描くことで、最後の職務を全うするためのモチベーションを維持する、高度なメンタルマネジメントなのです。漫然と定年を待つのではなく、明確な目的を持ってカウントダウンを楽しむ。そのための羅針盤が、この工程表なのです。
「サンデー毎日」予備軍にならないための助走期間
定年退職した先輩方を見ていると、現役時代に趣味を持たなかった人ほど、退職後の喪失感に苦しんでいるように見受けられます。いわゆる「燃え尽き症候群」や、配偶者に煙たがられる「濡れ落ち葉」の状態です。私は、自分がそうなることを極端に恐れています。
日本一周というプロジェクトは、一朝一夕に実行できるものではありません。体力の維持、機材の選定、ルートの策定、そして資金の確保。これらは現役時代から入念に準備を進める必要があります。例えば、私は現在、週末を利用して近場のツーリングを重ねていますが、これは本番に向けた予行演習です。1日に走れる無理のない距離はどのくらいか、雨天時の装備に不備はないか、宿の予約なしで動くリスクはどの程度か。現場で得たデータ(経験)を、平日の夜に工程表(マニュアル)へと落とし込む。
このサイクルを回していると、不思議と「仕事」をしているような感覚になります。しかし、それは誰かに強いられた仕事ではなく、自分自身が最高責任者であるプロジェクトです。この「自分主導のプロジェクト」を現役時代から走らせておくことこそが、退職後の空白期間を作らないための最良の予防策だと確信しています。2年という期間は、この助走をつけるためにどうしても必要な長さなのです。
再雇用の甘い罠と「年収300万円」の現実
多くの同僚は、当たり前のように再任用(再雇用)の道を選びます。慣れ親しんだ職場、安定した身分、そして毎月振り込まれる給与。確かに魅力的です。しかし、私はその選択肢を早々に捨てました。そこには、私のプライドと、計算高い元公務員としての冷静な分析があります。
かつての部下に使われる屈辱と給与のギャップ
再任用制度の現実は、決して甘いものではありません。現役時代の役職は解かれ、場合によってはかつて指導した後輩の指示を受けて働くことになります。もちろん、組織運営上それは仕方のないことですが、長年プライドを持って仕事をしてきた人間にとって、その心理的負担は計り知れません。
さらに衝撃的なのは、給与の落差です。現役時代に年収850万円程度あったとしても、再任用となれば年収300万円台にまで落ち込むことは珍しくありません。仕事の内容や責任の重さが変わるとはいえ、自分の労働力の価値が「半分以下」に値付けされる現実を、私は直視できませんでした。
「週3日勤務で楽だから」「生活のリズムが作れるから」という理由で再任用を選ぶ人もいます。しかし、私は考えました。貴重な60代前半という時間を、妥協と我慢のために切り売りして良いのかと。その対価が300万円ならば、私はその時間を自分の夢である日本一周と、新たな挑戦に投資したい。そう結論づけたのです。
公務員という「看板」を外した自分に価値はあるか
再雇用を拒否するということは、公務員という巨大な看板を失うことを意味します。社会的信用も、安定した収入もなくなります。正直、足がすくむような恐怖もありました。しかし、ここで看板にしがみつけば、私は一生「元公務員」という肩書きだけの人間で終わってしまうでしょう。
私が目指すのは、組織の看板ではなく、自分自身のスキルと経験で勝負する生き方です。現役時代に培った事務処理能力、法令を読む力、そして緻密な計画立案能力。これらは、公務員の世界だけで通用するものではないはずです。日本一周の計画を立てる中で、私はブログでの発信や、電子書籍の出版(Kindle)についても研究を始めました。自分の体験や知識をコンテンツ化し、直接世の中に問うてみたい。
再雇用で得られる300万円は「労働の対価」ですが、自分で稼ぎ出す100万円は「自分の価値の証明」です。定年までの2年間は、この「個人の価値」を高めるための準備期間でもあります。看板を外した生身の自分にどれだけの価値があるのか、それを証明するための挑戦が、再雇用拒否という決断だったのです。
「平日ツーリングの優越感」を数値化する旅の予算
日本一周の夢を語るとき、避けて通れないのがお金の話です。夢だけで飯は食えません。元会計担当の血が騒ぐのか、私は旅の予算についてもシビアに計算しています。検索などで調べた情報によると、車やバイクでの日本一周には、一般的に50万円から200万円程度の費用がかかると言われています。期間は1ヶ月から3ヶ月が目安です。
100万円で買う「究極の自由」のコストパフォーマンス
私は、この旅の予算を「150万円」と設定しています。これは、決して安い金額ではありません。しかし、再雇用でストレスを抱えながら働く1年間の手取りと天秤にかけた時、その価値はどうでしょうか。
平日の真っ昼間、観光客のいない絶景ロードを独占して走る。有名旅館の予約が取りにくい紅葉シーズンでも、平日なら選び放題。何より、「明日は仕事だ」という憂鬱から解放された状態で迎える朝。これらは、サラリーマン時代には決して手に入らなかった「究極の贅沢」です。
この贅沢を味わうために支払う150万円は、浪費ではなく、自分への投資だと考えています。それに、この経験はブログや書籍のネタ(資産)になります。ただ消費するだけの旅行ではなく、発信することで収益を生む可能性を持った「取材旅行」と位置付ければ、コストパフォーマンスは劇的に向上します。私の試算では、宿泊費を抑えるためのキャンプ泊と、たまの贅沢な旅館泊を組み合わせることで、3ヶ月程度の行程を十分に楽しめると踏んでいます。
退職金と年金に頼らない「自分年金」の構築
旅の資金を退職金から切り崩すのは簡単です。しかし、それでは資産は減る一方です。長生きリスクが叫ばれる昨今、それはあまりに無策と言わざるを得ません。そこで私が取り組んでいるのが、「自分年金」作りです。
具体的には、Kindle出版による印税収入や、ブログからの広告収入です。先ほど触れたように、私は現在、公務員としての経験や、定年準備のプロセスそのものをコンテンツとして発信しています。「公務員の再雇用拒否」「退職前後の税金対策」「定年後の趣味の選び方」。これらは、私と同じような悩みを抱える同世代にとって、喉から手が出るほど欲しい情報のはずです。
実際に、私のブログでは「健康保険の切り替え」や「開業届の出し方」といった実務的な記事がよく読まれています。旅に出るまでの2年間で、これらのストック型収入を月数万円でも確保できれば、旅先でのガソリン代や食費を賄うことができます。「遊びながら稼ぐ」などと言うと不謹慎に聞こえるかもしれませんが、自分の足で稼いだお金で旅を続けることこそ、定年後の自立した大人の遊び方ではないでしょうか。
具体的な工程表がもたらす「今日を生きる力」
さて、机上の工程表に話を戻しましょう。私は今、Googleマップと睨めっこしながら、詳細なルート案を練っています。北海道のオロロンラインを北上する夏のルート、四国カルストを駆け抜ける秋のルート。季節ごとの気候や、道路の混雑状況まで考慮に入れた計画です。
東日本と西日本、季節を分けた分割プラン
現役世代の感覚だと、「日本一周」=「一気に回る」と考えがちですが、時間に縛られない定年後だからこそ、私は「分割一周」を計画しています。一度に全てを回ろうとすると、どうしても駆け足になり、疲労も蓄積します。それでは本末転倒です。
春から初夏にかけては、新緑が美しい西日本・九州エリアを攻める。夏は避暑を兼ねて北海道・東北エリアへ。そして秋には、紅葉の山岳ルートを楽しむ。このように、季節の良い時期を選んで、数回に分けて日本を制覇するプランです。一度自宅に戻り、装備をメンテナンスし、家族との時間を過ごしてからまた旅に出る。このスタイルなら、妻の理解も得られやすいという計算もあります。
また、分割することで、予算の管理もしやすくなります。「今回は30万円以内で収める」といった短期目標を立てることで、ゲーム感覚で節約と贅沢のメリハリをつけることができます。これもまた、元公務員の習性でしょうか、予算内に収まった時の快感は格別なものがあります。
装備の選定は「安全」と「快適」への投資
ルートと同じくらい重要なのが、装備の選定です。若い頃のような体力任せの旅はできません。50代、60代の旅において、装備の質はそのまま命の安全と旅の快適さに直結します。
例えば、テントは設営が簡単で居住性の高いものを。寝袋は氷点下でも安眠できる高機能なものを。そしてバイクや車は、長距離移動でも疲れにくい車種を選ぶ。これらの選定作業もまた、現在の楽しみの一つです。カタログスペックを比較検討し、レビュー動画を見漁り、自分にとっての最適解を導き出す。このプロセスは、役所で複雑な仕様書を作成していた時の集中力に通じるものがあります。
「定年したら買おう」ではなく、今から少しずつ買い揃え、週末のキャンプで使い勝手をテストする。そうすることで、退職時には使い慣れた相棒たちと共に、不安なく旅立つことができるのです。道具への投資は、未来の自分への安全手当のようなものです。
最後に:定年は「終わり」ではなく「離陸」の時
「定年まであと2年しかない」と嘆くか、「あと2年で準備ができる」と考えるか。この意識の差が、60代以降の人生の質を決定づけます。私にとってこの2年間は、組織という滑走路を走り抜け、大空へと飛び立つための加速期間です。
再雇用の書類にハンコを押す前に、一度立ち止まって考えてみてください。あなたの人生に残された時間は、誰のために使うべきものなのか。もし、心のどこかに「自由への渇望」があるのなら、今すぐ白地図を広げてみてください。そこには、組織の論理も、上司の顔色も存在しない、あなただけの世界が広がっているはずです。
私が引いている工程表は、単なる移動の記録ではありません。それは、私が私自身を取り戻し、これからの人生を主体的に生きていくための「独立宣言書」なのです。さあ、あなたも一緒に、自分だけの地図を描き始めませんか。その線一本一本が、これからの毎日を輝かせる光となることを約束します。


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